Newly married day


「はぁ…」
 食卓に突っ伏して、祐巳はこの日何度目かの溜息をついた。
 祥子さまの帰りが遅いのは、別に昨日今日始まった問題でもないから、そこそこに諦めはついていた。
 ハネムーンから帰ってきた後は、仕事も溜まって、大変そうだったし。
 でも、今日は何となく朝から、調子が狂ってしまった。

「ごめんなさい」
 朝食の食パンを手に取った祥子さまが言った。
 まさか、祥子さまは偏食だからこのパンも食べられないって言うんじゃ、と思った祐巳の危惧。しかし、祥子さまの発言は全然ベクトルの違うものだった。
「日曜日、駄目そうなの…」
「お仕事ですか?」
「ええ」
 祐巳は、祥子さまと日曜日に遊園地に行く約束をしていた。
 祥子さまは、「ジェットコースターには乗らない」という条件を出して快諾してくれたのだが…。
「抜けられそうもない仕事なのよ」
 なのだそうだ。
「仕方ありませんよ。お姉さまのお仕事は、責任あるものなのですから」
 お姉さまは、天下の小笠原グループのお嬢さま。仕方ない。仕方ない…。けど。
「お姉さま、次の約束を下さい。そうしたら、その日まで安心できますから」
 例えそれが駄目だとしても。
「ごめんなさい、祐巳。私も明確な約束が出来ないの。祐巳を期待させて、それから裏切るなんて、私には出来ない…。あ、もうこんな時間」
 祥子さまは、食パンを置くと食卓を立った。
「それでも…、それでもいいんです」
 祐巳のつぶやきは、祥子さまには届いてないようだった。
 手をつけられなかった食パンを、祐巳は再びトースターに入れた。
 祐巳は自分の姿がパンに重なった気がした。
 もう一度焼き直したパンは、とても固くて、ちょっとしょっぱかった。

「はあ…」
 祐巳は再び、この日何度+1回目の溜息をついた。
「お料理、冷めちゃうね」
 食卓には2人分の食事。
 今日は祥子さまの好物を集めてみた。
 祥子さまだって大変なのだ。
 祥子さまを支えるのが、パートナーである祐巳の役目。
 ちょっとヒステリックで不安定な祥子さまのそばにいたい、と思って結婚したのに。
 それなのに、我が儘を言って祥子さまを困らせてしまって。
 そう。あの時と一緒。あれは確か高等部2年のとき。
 遊園地に行けないと駄々をこねて、窮地にいたお姉さまを困らせて。
 あの時から、何も成長してないじゃない…。
 最低だ、自分。
 お姉さまのパートナーにはふさわしくないのかも知れない。
 食卓が涙で濡れて。
 祐巳は自然に眠りについた。


 まぶたが重いのはきっと泣いてたから。
 無理矢理まぶたをこじ開けると、目の前にぼんやりと料理が映った。
 いけない、いけない。ちょっとうたた寝してしまったようだ。
「う〜ん」
 祐巳は立ち上がって思いっきり伸びをした。
 ―――パサ。
 祐巳の体から滑り落ちたのは毛布。
 あれ、こんな物羽織ってから寝たっけ、と思ったのも束の間。
 料理の向こう、食卓の反対側に…。
「そんなところで寝ていたら、風邪引いてしまうわ」
「お姉さまっ!お、お帰りなさいませ。私ったらこんなところでうたた寝しちゃって。申し訳ありません。すぐに準備しますねっ!」
 一息で言いながら、祐巳は慌てて席を立った。
「祐巳」
 食卓の角で腰をぶつけた祐巳に、祥子さまがつぶやいた。
「祐巳、泣いてた」
「えっ?」
「私が帰ってきたとき、祐巳、泣きながら寝てたわ」
 そうだった。泣きながら寝てしまったのだった。
「私だって辛いわ。祐巳を守ってあげたくて。そして、祐巳が私といたらいつも楽しいって言ったから…。だから結婚したのに。でも、もしかしたら、私は祐巳を幸せにしてあげることができないのかもしれない…。そう思うことが辛いのよ」
 結婚した今でも、祥子さまの思考回路は分からないときがある。祥子さまの発言は、前置き無しに唐突だから。でも、今回は、何となく分かった気がした。祥子さまの言いたいこと。でも…。分かることと、納得したことは違う。
「でも、祐巳の方が辛いのよね。きっと。泣いてる祐巳の顔。とっても寂しそうだった。祐巳の泣いてる顔を見たとき、私では祐巳のパートナーには不足なのかも知れないって思った。私では祐巳を守ってあげることができない…」
 違う。
 私は確かに寂しかった。けど、泣いてた訳はそんなことじゃない。
 私の方こそ、お姉さまのパートナーにふさわしくないんじゃないかって。
 自分の無力さや幼さに嫌気がさしたから。
 だから、お姉さまは悪くない。
「祐巳」
 祥子さまが立ち上がった。首に手が回されて、背中に静かに重みが科せられる。
「だから、私、祐巳と結婚したこと間違いなんじゃないかって思うの。私はこの家に祐巳がいることで満たされてる。でも、祐巳はきっと満たされてないのよね」
 そんな訳はない。お姉さまといられれば、ずっと幸せ。
 お姉さまのお洋服を洗うことも。
 お姉さまの買ってきた薔薇の花に水を遣ることも。
 お姉さまの帰りを料理を作って待つことも。
 お姉さまのことを想いながら何かをするって、凄い幸せなことだって感じてるのに。
 間違いだなんて、そんなこと絶対にない。
「祐巳。もし辛ければ、ここから出て行っても…」
 声が、途切れた。
 否。祐巳の唇が、祥子さまの声を喉に押し返した。
「そんな寂しいこと、言わないで下さい」
 そっと唇を離すと祐巳は言った。
「私、お姉さまと結婚できて、とっても幸せです」
「祐巳」
「お姉さまだって、私に出て行って欲しいなんて思っていらっしゃらないでしょう」
「当然じゃない!」
 祥子さまの目から涙が溢れて。
「私だって、祐巳のこといちばん大切に思っているわ」
「お姉さま…、私、嬉しいです。だから、もう出て行ってなんて言わないで…」
 お姉さまと別れるなんて、寂しすぎるから。お姉さまのいない未来なんて、考えられないから。
「分かったわ。じゃあ、祐巳。ずっと私といて。私のそばにいて…」
 お姉さまが私のことを必要として下さるから。私はお姉さまの支えになって。
「当然ですよ。お姉さま」
 2人の唇がもう一度重なる。
「お姉さまのそばから離れません」

 そう。このキスに誓って。


〜あとがき〜
 この作品は、祥祐ジュンブラ祭りの参加作品です。
 えー。
 いちゃラヴを楽しみにしていた皆様、申し訳ありませんっ!
 いちゃラヴも考えはしたのですが、どうしても浮かばなくって…。
 基本的に、経験の無さというか(言い訳)。
 ですから、趣向を変えて、シリアス系最後ちょっと甘め、辺りでお茶を濁してみました。
 如何だったでしょうか?
 他の方の作品が、素晴らしい文章力&甘甘なので…、見劣りしたら申し訳ありません。
 って謝ってばっかりですねぇ…。



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