Secret photo


 朝ご飯を食べてこなかったから、祐巳はこの時間が待ち遠しくて仕方なかった。祥子さまにもらったのど飴は2つとも食べたけれど、それでも育ち盛りの女の子のお腹を満足させるだけのカロリーは到底含まれていない。
 4時間目が終わって、すぐにでもお弁当を開けたかったのだが、蔦子さんが銀杏並木で一緒に食べましょうというので、講堂裏のまで来てしまった。
 志摩子さんは環境整備委員会の会合があるとかで来られないので、蔦子さんと2人。
「祐巳さん、いい物いらない?」
 蔦子さんは弁当と一緒に持ってきた封筒を、祐巳の目の前で揺らした。
「何?それ」
「…ふふふ。写真よ、写真」
 蔦子さんは不敵な笑いを浮かべると、封筒の中から写真を取り出した。
 写真の裏側を祐巳の方に向けて、蔦子さんは写真を自分の眼前に持った。
 写真に隠れて、縁なし眼鏡と蔦子さんの目は見えないけれど、口元は妙に嬉しそうだった。
「何の写真?蔦子さん、いい加減見せてよ」
 と言いつつ、祐巳は蔦子さんの手から写真をすっと奪った。
「…!!!!蔦子さん…これ………」
「どう?祐巳さん。欲しくない?」
 蔦子さんが持っていた写真には、一昨々日の…文化祭の後夜祭に学校が湧く頃、密かに行われた儀式が収められていた。
 祐巳が、憧れの祥子さまからロザリオを受け取ったその瞬間が………。

 そう、あれは、文化祭の後夜祭で学校内が沸き上がる頃。
「カ〜メラちゃん」
 自分が呼ばれていることに気がつき。蔦子は声の方に全身で振り返った。
「白薔薇さま」
 そこに立っていたのは、白薔薇さまこと、佐藤聖さま。こちらに歩いてくる顔を見ていると、何か嬉しそうなのが分かる。
「妙に嬉しそうですね。何かあったのですか」
「カメラちゃん、面白いこと教えてあげようか」
 聖さまは、嬉しくてたまらない、という表情で続けた。
「さっき、祥子がミルクホールでジュースを買っていったの」
 それの何処が面白いのだろう。蔦子は疑問に思いながらも聖さまの話の続きを聞くことにした。
「そして、マリア様の像の方に歩いていった…」
 分からない。聖さまは自分にこんなことを伝えて、どうしようというのだろう。
「失礼ですが…、話が全く見えません」
「う〜ん。じゃあ、こう言ったら分かるかな?祥子はジュースを2つ買っていった…」
 祥子さまがジュースを2つ。2つとも祥子さまが飲むということは考えづらいので、もう1つは誰かのため…。そして、聖さまがわざわざこうやって教えに来てくれるということは…、まさか…。
「祐巳さん、ですか?」
「あったり〜♪」
「で、私に写真をとってこいとおっしゃりたい訳ですね」
 聖さまはにっこりと笑っていった。
「流石は、リリアンにその人ありといわれた武嶋蔦子さん、だね。祐巳ちゃんとは全く理解度が違うよ。まあ、祐巳ちゃんのそんなところがいいんだけど…」
 聖さまは、にんまりと笑っていった。もう自分の世界に入りつつある…。話が長くなりそうだったので、蔦子は無理矢理話を終わらせた。
「のろけ話はその辺りで宜しいでしょうか?このようなところでモタモタしていますと、せっかくのシャッターチャンスも逃してしまいますので」
「うん。それじゃ、頑張ってね〜。それから…」
「情報提供はありがたいのですが、写真を差し上げるのは、祐巳さんと祥子さまの了解を得てからです。その辺をお忘れ無く」
「ちぇ。でも、そういうしっかりしたところは好きだよ」
 ごきげんようだけを残すと、蔦子は聖の前から立ち去った。スカートの裾を少々乱しながら。

「蔦子さん、これ、いつ撮ったの?」
 祐巳は驚きで目を丸くしたまま聞いた。
「そりゃあ、祐巳さんが祥子さまからロザリオを頂いたときでしょう」
「うっ…」
 答えが明らかな質問をしてしまった恥ずかしさから、祐巳は俯いて言った。
「蔦子さん、これ、頂戴」
「ふふふ…、祐巳さんなら当然そういうと思ったわ。でもね、祐巳さん、それには条件があるわ」
 タダでこんな素晴らしい写真あげるもんですか、と言いたいばかりに蔦子さんは人差し指を立て、ちっちっち、と言いながらそれを左右に振った。
「条件?」
「そう。これを“リリアンかわら版”に掲載させるの」
「えっ?」
「“噂は真実だった!福沢祐巳、紅薔薇のつぼみのロザリオを受け取る!”ってね」
 蔦子さんは妙にすごみのある声で言うと、また、ふふふ、と笑った。
「さあ、どうする?当然祥子さまへの了解を取るのは、祐巳さんの仕事よ」
「うん…」
 この写真は欲しい。“躾”とタイトルの付いたあの時の写真、すなわち、祐巳と祥子さまが出会うきっかけとなったあの朝の写真も素晴らしいものだったが、この写真はそれを上回る出来であることは間違いなかった。祥子さまと祐巳。2人とも少し緊張しているけれども、2人とも幸せそうだった。この2つの気持ちが、この写真の中には収められている。蔦子さんの追い求める自然さ、それがこの写真には宿っている。
 しかし、祥子さまはこの写真が“リリアンかわら版”に載ったらどう思うだろう。変な注目のされ方を嫌う祥子さまのことだ。決していい思いはしないだろう。写真は欲しい。でも、祥子さまのことを考えると………。
「ごめんね、蔦子さん。それは無理」
「う〜ん、残念だけど、こりゃ、ネガごと処分するしかなさそうね…」
「えっ」
 聖さまにも“祐巳ちゃん‘えっ’が多い”と指摘されていたが、とっさの時には癖なんてどうしようもない。しかし、ネガごと処分とは。蔦子さんは写真を公にするときには、必ず写っている人に筋を通す。それがかなわないときには、ネガごと処分。そんなはっきりした性格だから、隠し撮りもどきなことをやっても、それほど大々的に問題にならないのだろう。
「祐巳さん、何暗い顔してるの」
「だって…」
 こんな綺麗な写真が処分されることが勿体ないと思わないのだろうか。それに、祥子さまとの思い出の1枚が、処分されてしまうことが祐巳には悲しかった。
 しかし。
「なーんて、冗談よ。こんな素晴らしい写真、新聞部なんかに提供するものですか」
 蔦子さんは、さっきまでの妙に重みのある声から反転して、からっとした声で言った。そして、封筒から取り出したもう一枚の写真を、祐巳に手渡しながら言った。
「もう1枚同じの用意しといたから。祥子さまに差し上げなさい」
「蔦子さん…、ありがと」
 祐巳はポケットにそっと写真をしまった。
 散り始めた銀杏の葉が、写真の2人を祝福するように、祐巳のポケットに滑り込んだ。
 緊張と幸せの入り交じった、2人の上に。


〜あとがき〜
 管理人の処女作です。
 三国志系統の小説なんかは書いたことあったのですが、原作のある小説のSSを書くのは初めて!上手く書けてるかどうか不安です。
 とりあえず、手元に4巻までしかなかったので、1・2巻で書ける内容を書いてみました(当然マリみては全巻読んでますよ)。
 登場人物は、祐巳ちゃんと蔦子さん、そして聖さま。
 神出鬼没の蔦子さん、もしかするとこんな写真も撮ってたんじゃないかな、という勝手な妄想のもとで…、書いてみました(笑)。
 登場人物の心情が描けなかったのが残念です…。
 精進精進。